日野多利之助 |
寛延2年(1749)− ? |
| 幼名戸板多利之助、戸板保佑の次男。明和五年以後に日野家の養子となる。日野家は、戸板保佑の奥さんの実家であろうか? |
| 日野多利之助保古年表 |
| 寛延2年(1749) 戸板保佑の次男として多利之助生まれる。 明和5年(1768) 12月 『中西流車平方交商術』渋谷伝・加茂著・戸板著 同氏多利之助保古校正 安永7年(1778) 5月、日野多利之助、船山の門人となる。30 天明元年(1781) 日野多利之助、別伝、印可、一子相伝の免許を受ける。33 |
| 師弟関係 |
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| イサゴ・カモジロー【砂金嘉門次郎】和算家。膽澤郡水澤邑主伊達氏の臣、算数に達し、一の関藩千葉流峰と並び称せらる。 イサゴ・テツエモン【砂金鐵右衞門】和算家。日野多利之助の門弟にて、一の関侯の臣、同地に於ける中西流及ぴ関流の和算家なり。 |