伊藤隷尾(いとうれいび) 仙台藩和算家 |
文化9年(1812)-明治12〜23年の間に没 |
| 通称 英輔、栄助 隷尾、子招と号する。 文化9年、商家に生まれ、武田司馬、一関の千葉胤秀にも関流を学びました。千葉派には、見題、隠題、伏題、別伝と、4段階の免許がありましたが、伊藤隷尾は最高位である別伝までを受けました。その後、長谷川弘の門人となって才能が認められ助教になり、多くの門人を育てました。門人は、遠く秋田まで及んでいます。伊藤隷尾は、天文学者ではなく、純粋な数学者であったようです。 |
| 伊藤隷尾略歴 |
| 文化9年(1812)
生まれる。 天保9年(1838) 仙台虚空蔵堂に司馬門人として算額。小西清三郎安貞,佐藤留右衛門重行 弘化5年(1848) 春、門人が鹿島神社(伊具郡丸森町)に算学を奉納い 安政4年(1857) 長谷川社,社友列名に名前なし。入門はこれ以後か。 明治6年(1873) 立町小学校算術教員となる。 明治12年(1879) 長谷川社,社友列名に助教としての記録有り。 |
| <師弟関係> |
| ┌─千葉五郎秀胤 |