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橋元貞(たかはしもとさだ) 仙台藩天文学者

文政4年(1821)−明治3年(1870)

 
 高橋恒三郎。高橋淵黙、玉城と号す。幕末に土御門家で活躍していた数学者のグループ「武田派」に高橋元貞の名前が見つかります。数学者・武田真元の高弟である福田正複の弟子でした。さらに「高橋恒三郎元貞、後に玉城という。淵黙と号す。元仙台の藩にありて、同藩武田某に従いて暦算を学ぶ。とあり、武田司馬にも学んでいました。「明治3年に東京に歿す」とあります。また、「仙台人物大辞書」によれば、「高橋恒三郎:安永五年朏暦(みかづきこよみ)を作る。これがもとで仲間に忌嫌われ出奔す。」とありますが、いさかいの原因は判りません。朏こよみには『晩香山路先生門人』とあります。幕府日官の属吏となり・・・とあることから、山路諧孝か彰常についていたようです。明治3年50才の時、東京の地で亡くなっています。
 草刈玄水暦書込日誌には、高橋元貞なる人物が登場するが、同一人物かどうかは解らない。

 新暦百算法を改算する

    
高橋淵黙年表
 
文政4年(1821) 生まれる
安政4年(1857) 安政五年朏暦を作る。38才。
安政6年(1857) 安政七年朏暦を作る。40才。
万延元年(1860) 門人、万延二年朏暦を作る。
慶応元年(1865) 閏5月7日南部遊歴人、高橋元貞なる者来り一泊を乞ふ、
        不許して百文を与ひ漸く帰り候事(草刈玄水暦書込日誌)
明治3年(1870) 東京で没する。50才。
  
師弟関
 
      武田保勝─┐      
           │      
      福田正複─┼──高橋元貞―┬―日和佐壱信(阿州)
           │       |
      山路晩香─┘       └―坂東厚孝(阿州)
 
タカハシ・シンゾー【高橋信三】天文家。仙臺の人、安政五年朏暦(ミカツキコヨミ)を作る、之が爲に同僚に嫌忌せられ、遂に出奔したリと云ふ、其の傳記詳ならず。

タカハシ・ツネサブロー【高橋恒三郎】天文家。大阪の数學家武田真元の門人なり、安政文久頃の人、仙臺の天文吏となる。

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