沢木員昆(さわきかずやす) 仙台藩司天官 |
安永7年(1778)−文政13年(1830) |
| 通称、団次、黄台と号す。大塚春湖について天文を学ぶ。周宗公は、沢木を天文道学生としてその学資を支給した。大塚春湖が病気になったので、沢木に暦伝を授け、大塚の高弟の小梁川春鴬に付いて学問を続けた。ついにその道を極め、京都土御門家に上がり伝を受けて帰ると、藩は司天官に任命し、沢木を大番士とした。文政13年5月15日に死す。享年53才。 仙台藩医沢木員昌(本道および小児科:46石)の兄弟か親類?明治時代の起業家沢木團治は末裔? なお、佐竹義根の門人に沢木員壽という人物がいるが、沢木家と関連があるかも知れない。 |
| 沢木員昆略歴 |
| 安永7年(1778) 生まれる。 文化12年(1815) 京師より伝を受ける・大番士 文政13年(1830) 5月15日に歿する。享年53才。北八番丁全玖院に葬る。 |
| <師弟関係> |
| 大塚頼充───┐ | | 小梁川貴矩───┴──沢木員昆 |
| サワキ・カズヤス 【澤木員昆】天文家。通称團治、黄臺と号す、大塚春湖に就きて天文を學ぷ、周宗公天文道學生として其の資を給す春糊病革るや員昆に暦傳を授け、高弟小梁川春鶯に嘱付して其余業を畢らしむ、員昆終に其道を極め、京師に上り、土御門家の傳を受けて帰るや、藩命じて司天官と爲し、大番士に列す、文政十三年五月十五日没す、享年五十三、仙台北八番丁全玖院に葬る。(碑文) |