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台藩の彗星古記録

 

 各町の町史・市史などから、彗星・流星などの記録を集めました。

文明3年(1471)

●ほふき星出ル (南方町・暦面裡書)

 宮城県最古の彗星の記録でしょうか?
 1471年に現われた彗星は、地球のすぐ近く(0.07天文単位)まで接近したため、長い尾を見せながら、急ぎ足で夜空を駆け抜けていったと思われます。

永正3年(1506)

●七月ほふき星出ル (南方町・暦面裡書)

 夏の夜空に現われた彗星です。北の空にあった時は、夕方と明け方に見えました。地球の近く(0.15天文単位)を通過したため、長い尾が見えたことでしょう。あるいは、地平線から一晩中尾が見えていたのかも知れません。

亨禄4年(1531)

●ほふき星出ル(南方町・暦面裡書)

 これは、ハレー彗星の記述です。始め明け方の東の空に見え、その後西の空に見えるようになりました。

天文14年(1545) ●6月ほふき星出ル(南方町・暦面裡書)

 天文23年ともあるが、いずれも該当なし。
 たいへん貴重な記述かも知れない・・・。

天正5年(1577)

●9月29日大ほふき星出ル(南方町・暦面裡書)

 この彗星は、太陽に近づき(0.18天文単位)明るくなりました。恐らく、太陽接近後、夕方の西の空に大きく明るい尾を見せていたのでしょう。

  元和4年(1618) 
 @9月23日 今夜より東方に異雲あり。俗呼て旗雲と称す。(1618-2彗星:貞山公記録)
  

 A箒星出る(阿部家記録)

 阿部家記録には、日付はありませんが、やはり彗星でしょうか。

元和5年(1619)
 Bほふき星出ル (南方町・暦面裡書)

 C長刀星出る又箒星出る(阿部家記録)

 この年は、南の空に二つの彗星が見えていました。記述されている彗星がどちらのものかは、残念ながら判断できません・・・・。

寛文4年(1664)

@10月11日 西(東?)に丑時箒星出る同26日より辰巳の方え日暮れより出る星のけん西北の間に向也12月3日にうせる(阿部家記録)

A11月11日の晩よりほふき星南の方へ出ル、尾丑寅の方へ十間斗走る。(南方町・暦面裡書)

B十月南方ニほうき星出(石巻・加納家の記録)

 南の空に彗星が現われ、1時半の方向に10度ほどの尾が見えていたと記されています。

  延宝六年

 同七年己未十月より十一月迄西ニほうき星出ル、(石巻・加納家の記録)

延宝8年(1680)
@同年11月5日の晩より西ニほうきぼし出ル,後々ハ中空となり12月の内ニ失ル,坤ノ方より艮ノ方ニ流るる也(南方町・暦面裡書)

A11月5日 晩より旗雲出る 12月きゆるちうとうに出る

B十一月白気西南ニ顕、のき先東北ヲさす広サ二三尺長十丈斗、其根ニ星有、月ヲミて消、世ニ長虚星ト名付、飢饉(石巻・加納家の記録)

C富士山方白気見。長亘中天。後見為彗星。(木斎紀年録)

(Kirch彗星。)

 @西の空に見え始めた彗星は、段々高度を上げていき、やがて見えなくなりました。
 Aこの彗星は12月18日、太陽に0.006天文単位まで近づきました。おそらく太陽に接近して急速に明るくなるタイプの彗星だったのでしょう。12月14日には太陽から0.3天文単位まで接近し、東の空に尾だけが見えていた可能性があります。その後は西の空に見えていたはずですが、ちゅうとうに出るというのは、初期の頃の記述でしょうか?

元文2年1737

●正月二日 西の方に彗星出る(阿部家記録)

●西方彗星出ル 彗星之天変数載之不及家記録乎(古川・岩崎家三代記録)

 

1737 1 Bradley彗星

寛保2年(1742)

●正月10日頃ほふき星出ル(南方町・暦面裡書)

●正月 東の方に箒星出る(阿部家記録)

●寛保二壬戌年正月,東方彗星出候事(古川・岩崎家三代記録)

●一、辛酉十二月廿九日庚申・節分・年越金水木性人戌年上元星ニ当吉事多、後花園院御宇将軍義勝公御代嘉吉三辛酉極月晦日・庚申・節分三百一年上元星三百余年ニ而適々星金水木三性守護星今西ノ方江出申由、右星ハ西ノ方出、此外夜半過寅卯方へほうき星出ル、世仁稲穂星祝唱、二月朔日頃より十日頃迄見得候、前後不心付出初、終日覚不申寅卯より西南ヘ揚出候事(石巻・加納家の記録)

●台御穀石破損怪我、当春ほうき星揚(陽)気候半と唱(石巻・加納家の記録)

Grigg-Mellish彗星

寛保3年(1743)

@12月10日晩ほうき星出ル(南方町・暦面裡書)

延享元年
A箒星出る(阿部家記録)

B然レハ去年十二月異星西方ニ出現候付日々参内無寸隙候キ就夫も段々申談度義計ニ候得共其方上京之儀も運不至候而術無之気毎ニ存ル事ニ候分野ハ何被考候哉(岩出山・洛陽往来書記録)

C一、十一月十一日晩より西ノ方ヘほうき星出ル、翌寛保四年正月六七日頃迄、其後不天気、見得不甲、正月十五日夜見申候得ハ夜明ミやう星ほうき星卜成、去年春之ほうき星よりハ利稲穂星ト唱、当作毛無御田地見相済(石巻・加納家の記録)

D延享元年甲子年正月,彗星出ル(古川・岩崎家三代記録)

 この年の2月頃にKlinkenberg彗星が西の空に現れました。

明和6年

●七月十八日より八月二日迄箒星出る(阿部家記録)
8月1日 彗星此末段々出 御自筆記(欠本)
 8月3日 彗星      博兼記  
 8月9日 彗星の説御自筆記(大塚頼充:欠本)
 8月29日 彗星段々見試候図
 9月2日 
彗星のこと、戸板氏書 
       御自筆記(欠本)
 9月5日 彗星大塚氏論 御自筆記(欠本)(高野家記録)
10月18日 彗星また出現 御自筆記
 12月23日 彗星の図、戸板氏より来る(高野家記録)

 明和6年に出現した、メシエ彗星の記録です。この彗星は明け方の東の空に見え、10月にも夕方の空に見えていますが、こちらの記録はありません。江戸では、7月始め頃から見えていたようです。

明和7年
●六月十六日 亥の方にとうめう(燈明)星出る暮六ツ廻り其形めうぞう(明星?)星に似たり 光り赤くしてろうそくの火のごとくひらひらとして きゆる模様もあり 又ふとくとぶる時もあり 其星早く飛び 日天の色きゆる時分に其星西え入る(阿部家記録)

●6月8日 孛星出現(高野家記録)
閏6月4日 孛星の説(大塚頼充の説)

 明和7年に出現した彗星の記録です。高野家記録にも同じ彗星の記録が見つかります。この彗星は地球に0.015天文単位(230万km)まで接近したため動きが非常に早く、”その星速く飛び”と表現されています。

安永7年(1778)

 彗星と書かれていますが、この時期に該当するような、明るい彗星は見当たりません。多分、雲間に現れたすばるを見間違えたのでしょう。

●閏7月25日 過9日宵間白虹亘天、閏7月28日 気変白雲彗星(高野家記録)

閏7月25日 過9日宵間白虹真天南方より北方迄衆人?見皆?彗星東南之間?夜半見と唱ふ?続?天不見?

7月27日 過9日白く?真天と申彗星の事?未及?西??は日?信事?以和???????率????申入???申す??見へは?常の雲??無し申????変異?係し事?い?????気?の義?と??て?事を?に ??吉凶に?事に古人申得???白雲の??に稀??象にて?見申候又異星の唱???及??候 ?に天象観??共一切不?見???多郎殿昴?雲間に晴を??異星??見遠くの方??問返?

文化4年

●八月一日より十月上旬迄長一尺程之箒星出る(阿部家記録)

A同年秋彗星出ル(古川・岩崎家三代記録)

Giovanni 彗星

文化8年

●七月中旬より赤く筋なしもやもやとして箒星に似たり 十月上旬にきゆる(阿部家記録) 

●此年5、6月迄より8月9月まで、此形の星出て牛寅の方より出、戌亥の方に了る(備忘録)

B同年秋彗星出ル(古川・岩崎家三代記録)

Flaugergues 彗星

文政8年 1825

●八月二十日頃より、此星初め戌亥の方へ向、毎夜ぬたり、光りいたってうすく、十月初めにきえ申候(中新田町・草刈玄水暦書込日誌)
●8、9月頃ほーき星度々出て不思議せり、月の末終り(備忘録)

Pons-Biela-Dunlop 彗星

  文政一三年

 たつミの方にはうぎぼしいつか纔(わずか)(入暦面裡書・宮城町)

天保1年 1830

●此星十月頃より相出、八つ時はひきくて見えつ、七つ時高くなりて相見え、光は至って薄く、中星にて光の長さ三尺はかりに相見え候(中新田町・草刈玄水暦書込日誌)

Herapath 彗星

天保6年1835

●ほーき星、8月南に現はれ度々なり(備忘録)

Halley 彗星

天保12年1841

●二月半にほーき星現われ(備忘録)

Bremiker 彗星

天保14年 1843

●二月始めより図の如く白雲にもやヌノ引羊申にあたり白雲如くに見へる、仍てはた雲と云 世上色々ひゃうはんす、松前へ唐船数多に相見得候に付、江戸表へ御はや等相立の由申となへ候事、誠に不思議なる奇雲也  日暮れより夜に入り見ゆ、日のかけとも云(中新田町・草刈玄水暦書込日誌)

●此年二月中ほーき星現はれ大いに寒じ
●此年正月より二月ほーき星現はれ、左の形星出て星■丈にして旗雲立て、二月中旬頃より甚しく光り狐火の如く、三月初め頃落■なり、此星出初には雲と評判せり、晝六つ時出て1時斗り出て入るに、是は乱逢星と云ふなり(備忘録)

二月七日、八日の晩よりさるとりの方ニ天変相出、長サ三丁程計ニ相見得申候、是ハ白雲の如ニ見得候得共雲にてもなし。夜の五ッ時出ル 乍レ去壱時計出きへ申候(暦面裡書・宮城町)

一、天保十四年二月初めより柱の如くなる雲気西より東ヘ見え候こと。同十二日夜暮れ過ぎ有り明けに見え候こと。右は星の由に候こと。末々これあるなり。<43の6>
●一、天保十四年二月六日夜より未申に当たり彗星の由あい見え申し候。御上屋敷より富士の方にあい見え月の光にて輝きいかなる訳に候や、俗の目には雲の様に候えども、天文方船山左司馬若老衆ヘ御呼び寄せ御尋ねなされ候えばやはり彗星の由、巾は一度半・長さ世界より六度一にて六十度余にこれあり、前代未聞の大星にこれあり土御門御持ち前のことにて、天文方にては評は付け申さざる由。併し前例右様の星顕れ候節天下変事の例を引き出し申すベく未だ吟味決せざる由なり。多分春過ぎより五ッ時まで見え申し侯。剣先の方はしかと見きり申さず初晩よりは段々立て顕れ、昨夜も見え候えども最初より余程薄くあいなり、俗の目にはどうも星の様には見え申さず、何れ凶事の考えにこれある由あい聞こえ、常日頃にもあいなり侯はば真南に出で申すベき由右、左司馬申し開き候唱えこれあり変事に御座候間申し上げ候。剣先は何国にあい当たり候や見え申さざること。(検断久助文化・文政・天保の記録

●二月四日頃より暮六ツ時より天ニ白気あらハれ申ノ方より辰ノ方江只一筋の白きぬを引たる様ニ根ハ西山のかけより細く濃く次第ニ太く薄く午ノ方位辺ニ而止りぬ。酉ノ刻よりあらハれ戌ノ刻ニ甚しく亥ノ刻ニ至らすして消ゆ。二月廿八九日頃段々薄く見得。晦日之夜ハ甚薄し三月朔日よりハ一円見得ず。(古川・永代家記録)

Great March Comet 三月の大彗星

弘化四年 ●三月初旬戌ノ方ニ怪敷星出ル(古川・永代家記録)
嘉永六年 ●七月十六日十七日頃より酉ト戌ノ間ニほうぎ星出ル酉ノ刻ニ出也。白ク長サ一間斗ニ見ゆる(図付き) (古川・永代家記録)
安政5年 1858

●8月10日頃より、白くもやつと出る、星長さ■間斗、5つ時頃にはしたいに西山へ下り終わる  9月中旬は不出、一統稲星と唱へ候、大凶事のしるしと追々勘弁す(中新田町・草刈玄水暦書込日誌)

●8月1日頃より9月10日頃まてほーき星現はれ、又8月28日の晩より3丈余も長く、暁には東に出て、昼西北に出る、ふ思議なり(備忘録)

八月よりくれ六ニいぬいの方ニ八尺ハかりノほきほし出る、あけ六ニもとら方七八尺ハかりノほきほし出申候、八月はれ、九月初め六七見ハかりに■い申候、ほきほしひかりあり(暦面裡書・宮城町)

●過ル十日頃より日暮即戌亥之方江彗星(ホヲキホシ)出ル至而ひきく即刻山かけニ入ル没也。色白く長サ二間引ニ見ゆる同廿八日頃暮六時酉ノ方ニ顕シ夜五時没ス。長サ二丈斗色白し(古川・永代家記録)(図付き)

Donati 彗星

  ●安政七年此年西北の方にほふぎぼし見へ申候、ふしきに致候(暦面裡書・宮城町)

●(万延元年) (絵) 如此

五月五日六日之頃より戊亥之方に当りふしき星出申候、青光り之星ニて尾の長さ六七尺程ニ相見得、暮方より出夜五ッ半頃に引込ミ申候、雨降星と相見得五月期日より毎日々々雨降り五日八日十二日ハ天義ニて其外皆雨降ふり、十一日之七ッ時より翌四ッ時迄大々風ニて雨中位ツツふり誠ノ大風也、橋多々折申候、十三日より毎(大内家日記)

文久1年 1861

●(万延二年) 一、五月中旬頃より毎夜戌の方に当りてほうき星相出候間、俗云、稲星様と唱ふ候也、暮方に、真天より少し戌の方によれて出、段々戌の方少亥の方にかかり夜の八ッ頃に入ルと云、此星青くもりに光リ只の星とハ大きに違、青光リニて大き成星也、五月下旬六月始ハ如左ノ長さ也、長さ十間山位有とも云、又ハ六七間とも云、何れも長し

五月中旬頃より相出候事と見得候ヘ共此節ハ夜くもり星もちいさく有之候故か諸人見得兼候而同廿日頃より皆々見覚ヘ申候此星六月中旬頃より至てちいさく相成、下旬頃ハ尾の長さ三四尺斗に相見得、真天上に出、尾の先ハ巳の方ヘ向キ、如此ニ相成甚膏くくもり青光リ也(大内家日記)

一、此星六月二十六七日頃より自然と消申候也(大内家日記)

●五月二十五日夜六つ時より出る傍星共、水星共申候事(中新田町・草刈玄水暦書込日誌)

●五月二十五日の夜六つ時より出るほーき星、水(彗)星と申す(備忘録)

●五月二十五日 大酔にて戻り相寝候処,彗星相出候由にて被起,外ト江出相なかめ丁度頭の上位ニ当り,四五間なびき相見申候,此頃ハ多分陰天故見得不申候哉と存じ候事。
●二十六日 今日も彗星相顕れ申候
●夜ハ星空と相成り先日之彗星相詠候処,余程色薄く相成申候事(続蝦夷地勤番日記:高屋養仙)

Tebbutt 彗星

  文久二年

●一、七月廿日頃より不うき星北之方ニ出、青き星也、尾の長さ壱間計ニ見得段々速に廻り、八月二日之夜ニ至てハ戌ノ方に当り相見得、其後全然見ヘス、(大内家日記)

●七月ほき出る、八月はしかはやる。・・・文久弐年春よりはしかはやり申候、はしかニ而人数多ぐしに申候。此年ほうきほし出申候(暦面裡書・宮城町)

   

 

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