杜の都の天文学史・0 |
| ■晴明伝説最北の地 |
| 安倍晴明の伝説の最北端が、福島県福島市です。ここには、京都から晴明が訪れて立てた神社(福島神社・石森稲荷)が知られているほか、晴明にまつわる伝説もいくつか残されています。県庁の南側には、清明町という地名が現在でも残されており、ここには晴明塚があったとされています。更には、晴明が芦屋道満と対決して、負けて自害したという伝説まで残されています。 晴明が本当に福島まで来たという事実はわかりませんが、晴明の伝説が福島まで伝わっていましたが、残念ながら宮城まで伝わっていた証拠は見つかっていません。晴明が最北の地で作った神社が稲荷神社であったのも、晴明の母が狐であったことに由来するのでしょうか。 |
| ■宮城の伝説 |
| 宮城県北部の各地に機織り伝説が残されています。県北の伝説は共通点も多く、一つの話が長い年月を経て、あるいは、その地域に起きた実際の出来事や他の伝説と合わさって、たくさんの物語が誕生したのかも知れません。一方、県南には、丸森町七夕地区に、七夕伝説が見つかります。これは、丸森にほど近い、相馬・中村氏の妙見信仰の影響を受けていたのではないかと考えられています。 |
| ■千葉氏の妙見信仰 |
| 仙台に本格的な”天文”が入ってくる前。天文は、民間信仰の中にありました。道教から生まれ、仏教と習合していた妙見信仰の影響が、伊達領周辺にみられました。その中で一番有名なのが、相馬・中村領の妙見信仰です。中村氏は、千葉一族の末裔です。千葉一族には、古くから妙見信仰が伝わっていました。この妙見信仰は、伊達領北部(岩手県一関周辺)にも伝わっていたようです。宮城県内の妙見信仰は、寛文事件の関係者でもある涌谷の伊達家にも伝わっています。元々伊達家の家臣であった亘理氏が伊達家と縁組みを行い、一門に列せられた時に伊達姓を名乗ったのです。この亘理氏の祖先もやはり千葉氏で、中村氏と同じように妙見信仰が伝わっていました。更に、伊達将監の川崎伊達家、名取春仲の出生地である岩出山伊達家なども、涌谷伊達家から養子が迎えられており、妙見信仰が天文道のベースとなった可能性を示唆しています。 |
| ■真言宗と天文 |
| 密教と呼ばれる真言宗と天台宗、更には日蓮宗にも星の信仰があります。残念ながら、宮城県内で日蓮宗に関する書物などは見ていません。妙見様を信仰するのは日蓮宗と真言宗です。県内に残る仏教系の天文書のうち、真言宗のものをいくつかみる機会がありました。真言宗では、節分の時に星を供養する”星供”という行事が行われており、これに関する記述が多くみられます。中には、丸森付近のお寺の僧が書いたと思われる書物もあり、中村氏の妙見信仰との関わりが強く感じられました。 書物の多くは、三宝院伝、智積院とあり、これらの書物が京都から東北に伝わって来たことがわかります。(三宝院は、あるいは吉野か) |
| ■天台宗と天文 |
| 一方、天台宗の天体信仰は、”講”という形で残されています。その代表的なものが青葉区北目にある二十三夜堂です。また、長町一丁目にある十八夜観世音堂も天台宗に属します。○○夜と付くのは、これら天台宗関連の他に、泉区八乙女の三田八幡神社に”二十六夜塔”という石碑が見つかります。また、二十六夜塔は、泉区将監十丁目にもあるとされていますが、現在のところ実物がどこにあるのか調査中です。 |