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天文学史・5

 
■名取春仲
 日本地図を作り上げた伊能忠敬は、佐原の酒屋の主人でした。名取春仲もまた、ほぼ同様の時代に岩出山の造り酒屋に生まれます。当時仙台藩では、酒を造ることは、一軒につき一人しか携わることができず、たとえ家族といえども手伝うことができませんでした。このため、春仲には自由な時間がたくさんあったのでしょう。
 春仲は若い頃から仙台藩士・
須江英信と共に、橋元治正に天文道を学びました。その後、桜田利慶に学び、寛政5年に統伝を授かっています。しかし、利慶が寛政7年に亡くなってしまったことに加え、橋元・桜田両師が暦術に詳しくなかったため、二人は、藤広則の門人となり暦術を学びます。東北大学の図書館には、寛政8年から12年にかけて、二人が計算した暦の草稿が数多く残されています。貞享暦・宝暦暦に混じり、西洋暦も見つかります。春仲は、広則の紹介を受けて土御門泰栄の門人となります。
 その後の春仲は、岩出山を拠点として天文道の普及に勤め、京都の土御門家との”取次ぎ役”を引き受けていました。この学問は、家元制度に近いものだったのかも知れません。京都の土御門家を家元として、地方の有力な先生が春海や仙台藩の神道家、そして春仲だったのです。多くの人物が「天文生」の称号や、春から始まる号を持っています。ある程度勉強が進み、土御門家への入門が許されると”春”から始まる号を授かったのでしょう。さらに、土御門家からの伝を受けると”天文生”の称号を受けたようです。
 春仲には岩出山だけでなく石巻や山形にも門人がおり、春仲の紹介で土御門家へ入門してそれぞれの地域でリーダー的な役割を果たしていました。土御門家の陰陽道支配のお触れが、寛政3年に出されたことを受け、多くの人々が、土御門家の門下に入ろうとしていたためではないでしょうか。山形は、出羽三山を中心とした修験道の影響が強く、この地に陰陽道を普及させた春仲は、功績が大きいとして土御門家より補佐役天文生の号を受けています。70歳で京都に登ったときには、土御門家で北辰・九道・三天の講義を行ったとあります。
 商人の家に生まれ、学問で身を立てた春仲は、仙台版伊能忠敬と言える人物かもしれません。天保5年に亡くなった春仲の統伝は、その後大江広次、須江充頼へと受け継がれて行きました。
 
■春仲と”坤輿万国全図”
 

坤輿万国全図写本図/(個人所蔵)

所有者の許可を得ている画像ですので転載禁止です。

 春仲の一門では、坤輿万国全図を写すことが免許皆伝の証のひとつであったのか、門人の子孫宅から多くの写本図が見つかっています。坤輿万国全図は1602年に宣教師マティオリッチが作った世界地図です。初版本は世界でも5点ほどしか確認されていません。日本では、宮城県図書館、京都大学図書館、国立公文書館の3点が知られています。この他に、国内には20点程の写本図が見つかっていますが、その1/3が宮城県・山形県から見つかっています。
 坤輿万国全図の写本図は、刊本に比べていくつもの違いが見つかります。多くは、書き加えや訂正ですが、この他に、日本では直すことができない3つの共通した相違点が、全ての写本図に見られます。つまり、写本図の基になっている図は、刊本ではなく、おそらく中国で訂正が加えられた”改訂図”であると考えられてます。しかし、この”改訂図”そのものは見つかっていないほか、いつ誰によって作られて、どのように広まっていったのかなどについて、全く解っていません。
 この坤輿万国全図が春仲一門だけでなく、仙台の天文学者と深い関わりがあることは、”対”になっている天文図の存在や、写本図の作者などから伺い知ることができます。この天文図は渋川春海・昔尹親子が作った星図が基になっており、これに遠藤盛俊が作った昼夜長短之図が一緒に描かれています。
  
 
■宮城県周辺にある坤輿万国全図
 宮城県、山形県にある坤輿万国全図・写本図の一覧です。

 (1)宮城県図書館          刊本  伊達文庫

 (2)東北大学図書館         写本  狩野文庫 アメリカ付近に”共和政治”の付箋
 (3)
宮城県図書館          写本  
 (4)後藤家図            写本  後藤松斎(1722-1797)  天球儀・地球儀
 (5)仙台市立博物館(旧岩出山伊達家) 写本  名取春仲(1759-1834)
 (6)
仙台市立博物館(山形青柳家)   写本  名取春仲(   〃  )  天文図
 (7)
若宮八幡宮           写本  三浦義和(1799-1857)  天文図
 (8)須江家図            写本  
須江充頼( ? - ? )  天球儀・地球儀
 (9)狩野家図            写本  
狩野将直( ? -1855)
 

 (3)〜(9)の写本図の原所有者は、下のような系図で結びつけることができます。仙台の天文学史の系図とピッタリ一致します。

                           ┌─今野信全───千葉胤晴
                           |
 
渋川春海─┬─遠藤盛俊─┬─戸板保佑───藤広則──┤      ┌─大江広次
      |      ▽             ▽      │
      └─渋川敬也─┴─佐竹義根─┬─桜田利慶─┼─
名取春仲─┼─須江充頼
                    |      |      

                    ├─橋元治正─┘      
├─狩野将直
                    |             

                    |             
└─高田忠蔵(青柳図)
                    |
                    └─大塚頼充───小梁川貴矩──
三浦義和(若宮図)

 
 
■全国にある坤輿万国全図
刊本
 1.
宮城県図書館     刊本  伊達文庫
 2.
京都大学図書館    刊本  (13)(14)の原本と言われている
 3.内閣文庫       刊本  中心の世界図のみ存在。

写本図
 (1)
東北大学図書館    写本  狩野文庫 アメリカ付近に”共和政治”の付箋
 (2)
宮城県図書館     写本  
 (3)後藤家図       写本  後藤松斎(1722-1797)  天球儀・地球儀
 (4)仙台市立博物館(A)   写本  岩出山伊達家図名取春仲(1759-1834)
 (5)
仙台市立博物館(B)   写本  青柳図高田忠蔵        天文図
 (6)
若宮八幡宮      写本  三浦義和(1799-1857)  天文図
 (7)須江家図       写本  
須江充頼( ? - ? )  天球儀・地球儀
 (8)狩野家図       写本  
狩野将直( ? -1855)

 (9)千秋文庫       写本  佐竹藩藩士・館良譲(1858写)
 (10)土浦市博物館     写本  山村才助(1770-1807)
 (11)東京国立博物館    写本  無いかもしれない・・・。
 (12)明治大学図書館    写本  アメリカ付近に”共和政治”の記述あり。
 (13)津市井田図      写本  井田理左衛門(1836写)
 (14)
津市稲垣図      写本  稲垣子籤写。尾張本田氏図,浄明禅院図を参考にしているが,
                  両図とも失われている。
 (15)
亀山市歴史博物館   写本  由良時敏(1808-99)
 (16)琵琶湖文化館     写本  万木氏旧蔵か
 (17)彦根城博物館     写本  1774年、榊原長俊が津軽藩の樋口道泉に頼んで駿府城で写した
                 とある。複数の振り仮名がある。
 (18)彦根城博物館     写本  井伊家旧蔵
 (19)篠山歴史美術館    写本  「世界之図」とセット。1675年写
 (20)
神戸市博物館(A)    写本  南波コレクション屏風図 角倉了以家旧蔵品
                  1,2幅に変体かなが使われ,(2),(3)と類似性が高い。
 (21)
神戸市博物館(B)    写本  南波コレクション紙製 1,2幅に変体かなが使われている
 (22)神戸市博物館(C)    写本  秋岡コレクション6幅 
 (23)神戸市博物館(D)    写本  秋岡コレクション紙製 雲が描かれている図
 (24)神戸市博物館(E)    写本  秋岡コレクション紙製 
 (25)林原美術館      写本  岡山藩主池田氏旧蔵品。
 (26)徳島大学       写本  5幅存在。(4幅目がない)
 (27)
大分県立図書館(A)   写本  
 (28)
大分県立図書館(B)   写本  6幅目のみ存在。岡藩の学問所の印あり。
                  新たな地名の書き込みが多い。
 (29)横浜市立大学図(A)   写本  鮎沢文庫
 (30)横浜市立大学図(B)   写本  鮎沢文庫
 (31)横浜市立大学図(C)   写本  鮎沢文庫
 (32)本居宣長図      写本  文字の記載なし。。。

 (33)下関         写本  あるらしい

 その他,坤輿万国全図に類似した「世界之図」「夷国図」と呼ばれる世界図がある。リッチ系と南蛮系の両方の影響を受けた世界地図であり,マダガスカル島,ルソン島の形が坤輿万国全図と違う。
 (1)大阪歴史博物館    保井春海作。天文図あり。(1688-1702の間に作られた)
 (2)落合氏図       秋岡論文によれば,渋川春海写と言われているが所在不明。
 (3)南波氏図       秋岡論文によれば,渋川春海写と言われているが所在不明。
 (4)篠山歴史美術館    1675年写。
 (5)
臼杵市図書館(A)    (C)の写し。(B)より早くに作成された。  
 (6)臼杵市図書館(B)    (C)の写し。
 (7)臼杵市図書館(C)    図中の記述は,坤輿万国全図による。
 (8)横浜市立大学図    鮎沢文庫

 

 
 
■世界にある坤輿万国全図
 (1)バチカン図      刊本  リッチが寄贈したもの
 (2)サザビース図     刊本  オークションカタログに載った図。所在不明。
 (3)ウイーン図      刊本  改刻版 オーストリア。
 (4)地理協会図      刊本  清刻版(1644以後) ロンドン。
 (5)南京博物院      写本  中国製写本図
 (6)東洋文庫       写本  中国製写本図
 (7)故宮博物院      写本  中国製写本図
 (8)南蛮文化館      写本  朝鮮製写本図
 (9)ソウル大学校博物館  写本  朝鮮製写本図

 
 

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