仙台藩の天文学史
| ■杜の都の天文学史 |
| ・宮城の民間信仰 ・最初の天文学者 ・戸板保佑と宝暦の改暦 ・進め!開成丸 ・佐竹義根渋川家天文道 ・名取春仲と坤輿万国全図 ・大槻玄沢を巡る天文学 ・仙台藩天文学系図 ・年表1 寛永16年(1639)〜寛保3年(1743) |
17世紀後半。人々が天文と呼んでいたものは、垂加神道や土御門神道の流れを汲む土守神道のことでした。土守神道を興したのは、貞享の改暦を行った渋川春海です。 早くから春海に門人を送り、土守神道を受容した仙台は、藩として天文を保護していきます。やがて、土守神道の中にある、科学的な部分が一人歩きを始め、近代天文学が誕生しました。一方、春海から続く神道系の天文も、多くの人々に影響を与えながら、幕末まで続いて行くことになります。 仙台の天文家たちは約200年に渡り、日本の天文学史の脇役を演じ続けてきました。それゆえ、歴史の教科書に名前を残すこともなく、結果として宮城の人々にも知られてはいませんでした。 |
| ■資料庫(より詳しい資料があります) |
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