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せんだい天文史跡めぐり

 
 ■青木長由と志村東嶼の菩提寺  仙台市青葉区新坂町
  
 江志知辰の算術門弟であった青木理右衛門は、元禄15年に中西流算術の免許を受けています。
 京都で、御買物方本締をしていた時に、朝廷の暦職家・幸徳井に暦算の腕を見込まれて直弟となり、”暦生”の号を受けます。しかし、幸徳井家の門人となることは、土御門泰福と渋川春海との間に交わされていた、”一家孤立の掟”に背く行為でありました。このため、遠藤盛俊から、強い非難を浴びることになります。

 青木は仙台で細々と数学教室を開きます。そこに、戸板が入門したのです。

   
 青木先生のお墓を探していたら、偶然にも東嶼志村先生のお墓を見つけました。儒学者・桜田虎門は江戸と仙台で活躍した儒学者です。桜田は易学に関心が高く、四柱推命の基礎となる『推命書』などの書物を残しています。若い頃に志村東嶼に学んでおり、志村先生は暦術や兵法にも造詣が深かったと記されています。東嶼と、その弟である弘強は江戸と仙台で活躍した儒学者でしたが、同時に大塚頼充の門人であったことが解っています。
 桜田虎門は文化年間に養賢堂の改革を巡り、大槻平泉と対立します。山崎闇斎の流れを汲む学問と、蘭学に象徴される新しい学問との対立だったのかもしれません。

青木長由についてもっと詳しく

 

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