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せんだい天文史跡めぐり

 
 ■江志知辰の菩提寺 仙台市青葉区国見
 
 江志知辰は、仙台に易、天文暦術、中西流の算術の3つをもたらせた人物として知られています。易と算術。一見、相対するカテゴリーに分類されると思うのは、おそらく現代と江戸時代との解釈の違いのためなのでしょう。
 江戸時代。易は、単なる占いではなく、「易経」を教本として、宇宙が人間に与える影響を説いた”学問”でした。また、算術は占いを行うための”術”としての要素が、まだまだ強く残されていました。つまり、易と算術は、紙一重の学問だったのです。そして、その2つの学問の中間に天文暦術があったのでしょう。春海は、中国の本を参考に西洋流の宇宙観を知り、易よりも、もっと具体的な宇宙像を描き出していました。また、占いに使われる算術に比べ、より高度な算術を必要とする貞享暦を編み出していたのです。
 
 易よりも具体的な宇宙観。そして、占いよりも高度な算術。この二つを素直に受け入れられるのは、春海や知辰といった、思想にも算術にも長けた一部の人だったに違いありません。人々は、知辰の思想である天文道を求め、算術である暦術を求め、自然と二つのグループに分かれていきました。
 知辰の門人には、仙台藩重臣・葛西重矩、数学者・青木長由、春海の高弟・遠藤盛俊、儒学者・芦東山、山伏のホウミョウ院・・・など、様々な人々が集まっていたことが知られています。

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