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いちのせき天文史跡めぐり

 
 ■千葉胤秀の顕彰碑・祥雲寺
 
 一関と言えば和算。一関の和算と言えば、千葉胤秀。
 幕末の一関の和算史に、莫大な影響を及ぼした千葉胤秀の記念碑と顕彰碑が祥雲寺にあります。記念碑は最近顕彰碑のそばに移されました。
 千葉胤秀は花泉で生まれ、一関藩家老の梶山次俊に算術を習い、文政元年、江戸に出て関流六伝の長谷川寛に学びました。その功績が認められ士籍に抜擢され、家老職に就くと共に身分を問わず多くの人々に和算を伝授しました。このような功績から一関の和算の大家として語り継がれています。
 
   
 むしろ、本HPで取り上げたいのは、千葉胤秀の師に当たる梶山次俊(宝暦十三年生まれ)です。梶山家は代々暦算で藩に仕えていたとあります。いったい、梶山家の暦算はどこから来たのでしょうか?
 梶山次俊の父は、算術に興味があったらしい・・・という所までは、たどり着きました。もう少し遡れば、田村健顕・誠顕父子にたどりつくと考えています。
 つまり、渋川春海に惚れ込んだ健顕は、誰かに暦算を学ばせ、側近とした。その門人筋が梶山家であり、梶山次俊である。。。
 空白の期間を埋める史料として、千葉胤秀の蔵書にある、
   留守友信識「冬至説」(元文四年冬至)
   梶山徽子猷著「象数弁」(宝暦五年孟夏)
 に注目しています。また、年代は不明ながら渋川春海が著した星図の写しなどがあります。
 

 

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