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せんだい天文史跡めぐり

 
 ■青木長由の観測地  仙台市青葉区千代田町
 
 戸板保佑の記録によれば、遠藤盛俊に入門した後も、保佑は仲間や青木理右衛門と共に、日食月食の観測を行っていました。その青木がたびたび観測に訪れていたのが、この伊勢堂山と呼ばれる小高い丘です。
 享保20年3月の月食記録の後に、青木に対する保佑の心情が記されている。

「先生ハ固ヨリ有志於改暦故与不肖数往于野上于山或ハ正レ数或ハ改レ術至于死不措其ノ書以伝之ヲ不肖於呼先生ハ実守敬カ之徒也」

 これによれば、青木には暦を改めるという志があり、観測に励んでいたことが解ります。保佑は、青木のことを元の天文学者・郭守敬になぞらえて、称えています。保佑が、青木のことを心から尊敬していたことが解る一文です。

 
 元文5年11月2日、日食の翌日に青木長由は亡くなりました。師の病状を気遣いながらも、戸板は日食の観測を行ったのでしょうか。
 戸板が残した日月食の記録・『仙台実測志』を見ると、この日食記録のあとに、青木に対するメッセージが記されています。青木がよりよい暦を作ろうと日夜努力していたこと、戸板はそんな青木を心から尊敬していたことが伺えます。

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