せんだいの天文史跡めぐり |
■土御門泰邦ゆかりの地 宮城県栗駒町・駒形根神社 |
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栗駒山のふもとにある駒形根神社にも、土御門泰邦の額が奉納されている。 神社に伝わる記録によれば、栗駒山周辺の住民たちが、神仏分離を望み、元文4年に藩を通じて、京都の神道管領吉田兼連に対し、神号を賜るよう願い状を提出したという。 この地区を知行地としていた田村顕行は、跡部光海や正親町公道から垂加神道を学んだ神道家としても名を残している。 「日宮」の額は、土御門泰邦の筆によるものです。 |
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| お駒様とよばれる神社は奥の院が栗駒山にあり、一の宮は里宮です。嘉祥三年慈覚大師が下向されて駒形山大昼寺と称し大日如来を祀ってから神仏混交となり、祭式は仏式となりました。 元文四年二月の頃、栗原郡一迫、二迫、三迫川の流域と岩手県西磐井郡の氏子が神式でお祭りをしたいと仙台藩に出願していましたが、元文四年三月十一日草刈正左衛門と言う人が京都役人になって上洛する事になりました。この機会に、仙台藩社寺奉行遠藤権四郎、総代千葉孫左ェ門、別当観常院宿林が同道し上洛しました。そして鈴鹿豊前を通じ吉田三位建雄卿に願出、桜町天皇御親筆の日宮の神号を頂きました。 それより奥州一の宮駒形根神社と称することになり神式で祭祀することができました。孫左衛門はさらに京都に留まり陰陽博士土御門殿の門人となり三ヶ年修業して来ました。孫左衛門二十五才でありました。上洛の費用は全部舅の松倉内の目屋敷佐竹佐七より借りました。 「栗駒の話」千葉光男 著 より |