せんだいの天文史跡めぐり |
| ■佐藤安治ゆかりの寺 三本木町坂本 |
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幕末最後の天文・数学者である佐藤安治は、明治維新後21年に渡って三本木町で教員を勤めました。三本木町坂本の国道4号線にほど近い所にある天性寺は、節婦たつ女のお墓があることで知られています。このお寺の前に佐藤安治の碑があったとされていますが、どこにあるのか見つけることはできませんでした。 養賢堂の教員をしていた佐藤安治は、若い頃に早井次賀より数学を学び、村田明哲に天文学を学びました。また、軍艦開成丸の建造に関わり、三浦乾也から航海術も学んでいました。 |
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武士の家に生まれたたつ女は、家を継ぐ兄弟がいなかったので、むこ養子をもらいました。元気な赤ちゃんも生まれて幸せに暮らしていました。しかし、幸せは長くは続きません。突然夫がライ病にかかってしまったのです。それ以来たつ子の家族は、何とかしてむこ殿を追い出そうと考え始めました。ある時、父が夫に無実の罪を着せた上、藩に訴え出ました。たつ子は夫の無実を知っていました。そして、たつ子が証人として裁きの場に出ることになったのです。正直に話せば父にそむき、ウソをつけば病気の夫を裏切ることになる・・・悩んだたつ子は、2歳の子供と共に”死ぬ”という道を選びました。 「父に対する”孝”、夫に対する”操”・・・」 真相を知った伊達吉村公は、あえて父親の重罪を許し、”たつ”とその子供を天性寺に葬ると、儒学者・田辺希元に命じて碑を建てさせました・・・。 |