せんだいの天文史跡めぐり |
| ■高野兼良の墓碑 仙台市若林区土樋 |
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土樋にある真福寺には、高野兼良の墓と青田依定の碑があるとされていますが、青田の碑は現在に伝わっていません。 青田は戸板が完成しつつあった西洋暦を学び、天明元年に幕府天文方・吉田家の暦官となりました。しかし、寛政の改暦を待たずに亡くなっています。 高野兼良は、佐竹の統伝を継ぐ人物で、戸板と同時代に藩主や重臣たちの側近として活躍していました。 |
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特に、仙台藩重臣である高野倫兼に重く用いられ、兼良は獄吏などを勤めました。 高野倫兼は蔵王町平沢村を拝領していた、高野兼良と別の家柄です。倫兼がいかに兼良を重く用いていたかは、高野家記録に克明に記されています。この他にも、彗星の出現などの天変に対する、戸板保佑や大塚頼充の返答書などが記されています。仙台藩の天文学史料には、日月食以外の記録が少ないため、高野家記録はたいへん貴重な史料と言えるでしょう。 高野家記録によれば、それまで行われていた”七夕の祝”が安永7年(1778)に廃止されました。仙台藩の財政もよほど苦しかったのでしょう・・・。 |