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せんだい天文史跡めぐり

 
■丹野清晴の碑・若林区沖野
 
 丹野清晴は三郎治と称し、寛政6年(1794)年に、若林区沖野に生まれました。関流の算術を遠藤右門清寅に学んだ後、地元に戻って人々に算術を教えていました。清晴は、慶応4年8月5日、75歳で亡くなりました。若林区沖野にある清涼寺には、丹野清晴の碑と吉田流算術者・丹野村清の碑が並んで建っています。また、慶応三年、清涼寺に算学を奉納しています。

        地図  

 
 辞世 雲露の清く行く旅の空
          浮世の夢を見て在郷へ

                 門人中建之
    明治十三年庚辰八月五日  世話人
                      武藤久之助
                      小島長助
                      我妻彦七
関流算術丹野清晴之碑

 清晴君俗称三郎治当村人也 受算術於遠藤右門
 清寅之門深達其術授業於弟子慶応四年戊辰
 八月五日享年七十又五而卒謚号千寿院善因寛
 孝居士
                       武藤喜之助
                       丹野権兵衛
                     調選誌
                       丹野慶三郎
 

 

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