せんだいの天文史跡めぐり |
| ■戸板保佑の墓 仙台市青葉区柏木 |
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閑静な住宅地にある江巌寺。ここに仙台を代表する天文学者・戸板保佑の墓があります。小さい頃から数学が好きだった保佑は、数学者の青木長由に作暦法を学びます。その後、仙台藩の天文学者であった遠藤盛俊の弟子になります。この時戸板が残した「予が一生を苦しむの始まりなり。」 この言葉はその後の戸板の人生が、決して平坦なものではなかったことを示しています。 科学が認知されていない時代。彼が関わった改暦は、彼の力を充分に発揮できる場ではありませんでした。 |
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しかし、関流の数学者・山路主住との出会いが彼の人生を大きく変えます。江戸に住む山路と共に西洋の暦法を研究し、20年以上の歳月をかけてようやく新しい暦を完成させました。同時に多くの門人を育て、次の改暦の時には戸板の弟子が5人も関与することになりました。しかし、残念ながら、戸板の暦は高橋至時らが作った新しい暦が採用されたため、日の目を見ることがありませんでした。 戸板保佑らの観測記録の多くは失われていますが、享保から天明にかけての日月食の観測記録が今に伝わっています。 戸板の墓は花崗岩という材質のためか風化が激しく、表面の文字も辛うじて読める程度です。 |