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せんだい天文史跡めぐり

 
 ■養賢堂の正門 南鍛冶町・泰心院
 

 明和2年(1765)、林子平は藩校改革のひとつとして、数学の講座を作り戸板保佑に教授させることを提案しています。子平の上書から50年余り後、大槻平泉を中心にして、仙台藩の藩校・養賢堂が改革され、文化8年(1811)には、全国に先駆けて算術の講座が置かれました。以後、藩の天文・数学は養賢堂を舞台として繰り広げられます。
 維新後、養賢堂は県庁として使われましたが、この時に正門だけが勾当台から南鍛冶町の泰心院に移され、現在もその姿を残しています。                

 

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